新型コロナウイルス感染拡大の影響で消毒や除菌、殺菌の重要度が高まり、自宅でも外出先でも手指の消毒をする機会がぐっと増えました。
建物の出入りや帰宅時など、こまめにアルコール消毒液を使うことがもはや常識となっています。
しかし、どんなに手洗いをして消毒をしても、手に付着している菌を完全に消し去ってしまうことはできません。
潔癖になって消毒をしすぎると、逆に健康に悪影響を及ぼしてしまう可能性があります。
それに、人間の皮膚には、肌の機能を維持してくれるものもあるんですよ。
今回は、私たちの手と菌について解説します。
手の菌の数はどれくらい?
当然ながら人によって手指に付着した菌の数は異なります。
しかし、一説によると、清潔な環境で勤務し常にアルコール消毒を行っている医療従事者であっても、手指の皮膚1平方センチメートルあたり39,000~4,600,000個もの細菌がいるそうです。
しかし、これらすべての菌が有害というわけではありません。
手についている菌のうち一定数はもともとすべてのヒトの皮膚に存在している「常在菌」です。
もちろん医療従事者が手術などを行う時においては害となってしまう可能性がありますが、私たちが普通に生活していくうえでは問題ありません。
常在菌と異なり一時的に付着する「一過性微生物」を消毒・殺菌することに努めていけば、感染症のリスクを削減できるのです。
「常在菌」と「一過性微生物」
まずは常在菌と一過性微生物の違いについて知りましょう。
常在菌とは?
常在菌(常在細菌)は、常にヒトの皮膚に住みついて、外からの侵入しようとする菌の増殖や紫外線など、体に悪影響を及ぼすものから守ってくれる菌のことです。
「菌」と聞くと害をもたらすイメージがありますが、常在菌は人間にとっては身近にいてあたりまえの菌です。
皮膚の深層に住んでいる常在菌
常在菌は以下のような場所に住み着いています。
- 皮脂腺
- 皮膚のひだ
- 角質層
- 皮脂膜 など
どれも日常生活の処理では干渉しづらい部分なので、手洗いやアルコール消毒液を使用しても完全に常在菌を殺すことはできません。
むしろ常在菌を神経質に消毒してしまうことで、有害物質や菌に対する抵抗力を失ってしまう可能性があります。
常在菌は安全なの?
上でもお話した通り、基本的に常在菌は大きく人間の健康を損なうようなものではありません。
しかし、常在菌の中にも健康な肌を作り機能を維持する「善玉常在菌」と、肌トラブルや体調不良の原因になる「悪玉常在菌」があります。
健康な時は善玉常在菌が悪玉常在菌の増殖を防いでくれますが、コンディションが落ちていたり疲労が溜まっていたりして体の抵抗力が落ちていると感染を引き起こすことがあります。
一過性微生物とは?
一過性微生物(通過微生物)とは、普段から皮膚に住み着いている常在菌とは異なり、なにかのきっかけで手にくっつくことで感染源になりやすいもののことです。
「微生物」としているのは、「一時的に手について感染源になり得るもの」には菌だけでなくウイルスも含まれるからです。
菌とウイルスの違いは?
大きな違いは、「生き物かそうでないか」です。細菌は生物と言えますが、ウイルスは厳密には生物と言い切ることができません。
生物学における「生物」の定義は以下の3つ。
- 体が膜で仕切られている
- 代謝を行う
- 子孫を残す
つまり、本体とその他のものが膜(皮膚など)ではっきり分かれていて、エネルギーを使って生命維持活動を行っていて、自分の遺伝子を持つものを自分で作ることができれば生物と言えるのです。
菌には細胞壁や細胞膜などがありますし、栄養分や水分を得て代謝を行うことで活発になったり、増殖したりすることができます(生ごみのニオイは菌の代謝が原因です)。
一方ウイルスは、遺伝情報を包むタンパク質で出来た殻(カプシド)や脂質でできた膜(エンベロープ)こそ持つ者の、エネルギー代謝を行いません。
よって条件を満たさず、生物と呼べません。
なお、自分の複製を作ることはできるので、「子孫を残す」の条件も満たしてはいます。
一過性微生物はどう体に取り込まれる?
糞便などのほか、汚染された物質に触れることで手にくっついた微生物は、この手が食品や調理器具を汚染してしまうことによって体内に入ります。
石けんやハンドソープを使った手洗いやアルコール消毒を行うことで、有害微生物を取り込むリスクを下げることができます。
常在菌にはどんな種類があるの?
常在菌として主なものは以下の3種類です。
- 表皮ブドウ球菌
- アクネ菌
- 黄色ブドウ球菌
表皮ブドウ球菌
表皮ブドウ球菌は皮膚の表面や毛穴に存在する菌で、汗や皮脂を餌として生活しています。
保湿剤や潤滑剤として製品への使用販売もされている皮膚のバリア機能「グリセリン」や、肌を弱酸性に保ち菌と戦うための生体機能を保つ「抗体ペプチド」を作り出す「脂肪酸」を生成します。
抗体ペプチドとは?
抗菌ペプチドは、タンパク質の最小単位であるアミノ酸が約十~数十個連なって形成される自然免疫です。
体外の有害微生物はもちろん、後ほどご紹介する「黄色ブドウ球菌」の増えすぎを抑止する働きも備えています。
アクネ菌(アクネ桿菌)
アクネ菌は毛穴や皮脂腺に存在している菌です。アクネ菌は酸素を嫌う「嫌気性菌」なので、酸素がある環境では増殖できず死んでしまいます。
アクネ菌は皮脂を餌にプロピオン酸や乳酸などの脂肪酸を作り出し、表皮ブドウ球菌と同様皮膚につく病原菌の増殖を抑えます。
アクネ菌はニキビの原因?
ニキビの悩みについて調べているとよく耳にする言葉でもある、アクネ菌。
しかし、増えすぎなければニキビの原因にはなりません。
- 皮脂の分泌量が増える
- 角栓が毛穴につまる
- その他、何らかの異常で毛穴がふさがる
こういった理由で毛穴がふさがり、アクネ菌が増加しやすい酸素に触れづらい環境ができてしまうと、増えたアクネ菌が皮脂腺で炎症を起こしてニキビが発生します。
黄色ブドウ球菌
黄色ブドウ球菌は皮膚表面や毛穴に存在する菌。鼻腔などにいると言われています。
ブドウ球菌の中では病原性が高いため、体内に取り込まれると以下のような症状を起こします。
- 皮膚炎
- 傷の化膿
- 食中毒(おう吐、腹痛、下痢)
皮膚炎は表皮ブドウ球菌が減少して力が弱まり、皮膚のアルカリ性が強まることで発生します。
傷ができた皮膚をそのままにした場合は化膿し傷が悪化します。黄色ブドウ球菌を口腔から取り込んでしまうと、食中毒が発生します。生命を脅かすことはあまりありませんが、メジャーな食中毒の原因であり注意が必要です。
一過性微生物の種類は?
ここでは食中毒の原因となりやすい主な微生物の種類についてご説明します。
基本的に一過性微生物は長期間手の上で生きていくことができません。
しかし抵抗力が弱い子どもや老人、病気を持っている人が感染した場合命に係わるものも多く、注意が必要です。
- 腸管出血性大腸菌(O-157)
- 赤痢菌
- 緑膿菌 など
腸管出血性大腸菌(O-157)
健康な人や家畜の腸内にも存在する「大腸菌」のうち、ヒトの体に悪影響を与えるものの第業がO-157。
O-157は汚染された井戸水やサラダ、生レバー、ユッケなどの生肉から感染することが多い細菌ですが、感染した人の糞便からも再感染しやすいです。
主な症例は以下の通り。
- 下痢、腹痛
- 発熱
- 倦怠感、むくみ
- 乏尿 など
赤痢菌
急性腸炎を引き起こす赤痢菌は、日本でも発展途上国からの帰国者などから患者が多く発生しています。
主に経口感染となるため、学校や福祉施設、宿泊施設などで集団感染が起こることもあります。
感染力が極めて強いので、小さな子どもの場合食品や生水だけでなくおもちゃなど口に含みやすいものにも気を付けなければなりません。
主な症状は以下のようなものです。
- 発熱
- 下痢、おう吐
- 腹痛
- 大腸炎(粘膜の出血性化膿炎)
- 膿・粘血便 など
緑膿菌
緑膿菌による感染は軽いものから重篤なものまで幅広く、注意が必要です。
正常な人には病原力を発揮しませんが、抵抗力の弱まっている人に対しては重篤な症状を引き起こすことがあります。
台所のシンク、トイレ、塩素消毒が不十分なプール、汚染された浴槽などに存在します。
健康な人の脇や陰部など、湿りがちな場所に生息することもあります。
主な症状は以下の通り。
- 外耳炎
- 毛根への感染(発疹、化膿)
- 目の感染症(目の痛み、充血、角膜腫瘍)
- 軟部組織感染(筋肉、皮膚などの外傷からの感染) など
効果的な手洗いの仕方は?
汚染された手で鼻や口、目をこするだけでも感染の可能性は高まります。
特にくしゃみや咳をした後の手は、必ず手洗いや消毒で清潔に保ちましょう。
手洗いの流れ
手の菌やウイルスは水で洗い流すだけでもかなり数を減らせます。
石けんと流水、清潔なタオルを活用して有害な一過性微生物の体内侵入を防ぎましょう。
推奨されている手洗いの流れはこんな感じです。
- 流水でよく手を濡らした後、石鹸をつけて手のひらをよくこする
- 手の甲を伸ばすようにこする
- 指先や爪の間を念入りにこする
- 指の間を洗う
- 手の甲でもう片方の手の親指をねじるように洗う
- 手首を⑤と同じようにねじって洗う
- 十分に水で流す
- 清潔なタオルやペーパータオルで拭く
厚生労働省によると、流水による15秒の手洗いだけでウイルス量は1/100に減り、さらに石けんで10秒もみ洗いし流水で15秒すすぐと1/10,000までに減少させることができるそうです。
また、アメリカの疾病対策センター(CDC)は、適切な手洗いにかかる時間の目安として「『ハッピーバースデー』の歌を二回歌うくらい」と提唱しています。
これはおよそ15秒から20秒に相当するので、秒数を覚えておくのもよいでしょう。
参考:厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)」
参考:厚生労働省 感染症対策へのご協力をお願いします
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000593494.pdf
参考:朝日新聞社「手洗いは15秒以上が目安 国の対策指針」
http://www.asahi.com/special/09015/TKY200905090085.html
アルコール消毒液を活用しよう
外出先など、手洗いがすぐにできない場合は濃度70%~95%のアルコール消毒液も活用しましょう。
厚生労働省推奨の濃度が上の通りですが、60%以上のアルコール消毒液であればOKです。また、ものの消毒に使える「次亜塩素酸水」「次亜塩素酸ナトリウム」は、ヒトの体に使うことができません。手指の消毒に使用するのは避けましょう。
手の菌には良いものもある!害を加えるものは手洗いで
一口に「手の菌」と言っても、常在菌として体の健康や機能維持のために働いてくれる菌もかなりの割合を占めています。
菌に過敏になってすべてを殺菌してしまおうとするのは逆に良くありません。
悪影響を及ぼすことが多い一過性微生物は適切な手洗いやアルコール消毒液で撃退し、体内に入り込ませないようにしましょう。